今更ながら京大ミスコン中止について

こないだ工学部自治会に所属する後輩と話す機会があって、そのとき話題になったのでちょろっとgoogle検索(google:京大 ミスコン)かけてみたらあちこちでかなり話題になってたので、客観的事実(?)と自分の考えをまとめてみる。
経緯はこちら(祭前 - progressive link)がよくまとまっててわかりやすかった。こちら(http://arcadiaexpress.zive.net/index.php?no=r98)にはTBSで放送された動画もある。
以下後輩の話を中心に。

全学実行委員会での話し合いの様子

上のサイトにある通り

  • いきなり議論もなしにミスコンを開催しようとした
  • 選考方法等が不透明で主催するテニスサークルの出来レースの疑いがあった
  • 11月祭事務局の規約に反してスポンサーをつけていた
  • スポンサーとの癒着問題
  • ジェンダー問題

の5つが話し合われたようだ。ジェンダーの問題を掲げたのは一部の自治会だけだったようだが,残りの4つはかなり白熱した議論になったというか、こーゆー議論をするにはミスコン主催側があまりにも不勉強だったらしく,かなり一方的な展開となったようだ。理論的な説明をさせたら討論の場数を踏んだ自治会側が実力を発揮することになるのは当たり前と言えば当たり前か。しかし主催者側も,いきなり開催を決めたとはいえ事前の準備もしていたはずであり,その辺りの準備の悪さはいかがなものだったか。延べ24時間にわたる議論の中では主催者側の女の子が「私たち寝ないで考え続けてきたんです」と泣きながら訴える場面もあったそうだが,「当たり前だ!俺たちだって寝てねー!」と一蹴されたそうな。
思うに京大でミスコンを開催するにあたって「他の大学でもやってるから」という安直な発想で開催しようとしたのがまずかった。開催するにあたって、ミスコンの目指すところ,理念について全体でのコンセンサスを得られるよう十分な議論が必要だったのは明らかだろう。正直今ジェンダーを前面に出してミスコンを止めようとするのは一部だと言っていい。残りの問題はもっと時間をかけた議論を通してしっかりした理念を作っていれば解決できたことのような気がする。後輩曰く,
「最初は別にやってもやらんでもどっちでも良かったんですけどねぇ。主催者側の態度とかみてて『この人たちにやらしたらあかん』って気になっちゃいましたよ。」
この「態度」というのはテニスサークルの数にものを言わせて強行採決をとろうとした件なんかも含んでいる。

毎日放送での特集について

10分くらいの映像だったらしいが明らかに主催者側に偏った放送だったそうだ。こちら(http://mbs.jp/voice/special/200411/1126_1.html)に概要がある。ビデオに撮ったらしいんで今度見せてもらうとして,後輩の感想は
「別にそんな人ばっかじゃないですけど,自治会の人のイメージってだるだるのシャツ着て汚いカッコしたおっさんみたいな学生じゃないですか。実際そーゆー人もいてその人を選んで撮って特集作ってあったんですよ。明らかに自治会側が悪いみたいな。」
まぁ京大には留年休学合わせて12年いられる計算な訳で30歳超えてもまだいるって人もいるようだし。そこまでいったらおっさんって言われてもしゃーないわな。見た目のイメージの悪さがテレビなんかを通すと強調されてしまう。京大の中のことだからとか考えて気を緩めていたのだとしたら自治会側の油断といわれても仕方がない気がするな。一般の意見に流されてなし崩しってのはやっぱり嫌でしょう。自分たちに明確な意見があって,偏りなく議論に参加する全ての人に理解してもらうためには見た目ってのもどうしてもつきまとうところあると思うんだよな。テレビなんか入ってくるならなおのこと。
<追記>
動画ファイルで見てみたところ,確かに視点は主催者側からだが、できるだけ公平に見せようとはしてたんじゃないかな。ただ焦点が完全にずれてはいるが。番組のネタとしては10分の構成で面白くするにはああするしかなかったんだろうな。こうやって事実は曲がって伝えられるのかと妙な関心をしながら理解した。と同時に,こういったブログサイトやウェブサイトはいろんな視点を提供できる面で,鵜呑みには出来ないけれでも役には立てるんだろうな、と思う。主催者はまだ1回生だったとのこと。あと2、3年くらいかけて構想の練り直しと相互理解に努力できるならばミスコン開催は出来るのかもしれない。主催者側のメンバーが「無駄な議論,3時間」とぼやいていたシーンが今回の彼らの未熟さを良く表していたと感じた。自分を理解してくれない人たちが間違っているのではなく,お互いの理解をあきらめる人たちが間違っているのだと思う。

自治会の立場から見たミスコン

ルールとマナーを守ってくれればやってくれていいというのが一般的なところのようだ。この場合のルールとは11月祭の主催者である11月祭実行委員会の定めた規約のことであり,マナーとはコンセンサスを得た上で実行するということ。今回の主催者は両方においてよくなかった,というか非常に悪かった。議論の初めはどっちでもいいと思っていた人たちが一気に中止ムードに変わっていってしまったのも,行き着く先はそこだろう。とくにスポンサー云々の話は僕の所属していた環境対策委員会(以下「環対」)の話と合わせて聞くとあまりにひどい。環対は事務局が文字通り全国に出張してかき集めてきたお金から5万円の資金を受けて前夜祭と後片付け日を含め6日間働く。仕事は模擬店から出たごみの管理から荒い皿の奨励、環境啓発企画など多岐にわたる。毎年春からその年の環境対策の方向と準備に議論を重ね,こつこつと積み上げてきたものだ。一方のミスコン主催者はスポンサーがファッション関連ということもあって、優勝者にはその会社のキャンペーンガールとして働ける特典を与えつつ資金も潤沢に集めていたようだ。その一部の資金の使い道であるパンフレットが5000部で12万円。環境対策費と比べると悲しくなってくる。その他写真代や衣装代など多額の投資を受けていたのは容易に想像がつく。こんなスポンサー頼みの行事が恒例化してしまうと大学祭が会社の宣伝用に使われてしまう,つまり商業主義化してしまう。これが大きな問題の一つなわけだ。事実今年度の主催者は大学で出来なくなると分かって急遽新風館を予約し,会議をすっぽかすという挙行まで見せた。新風館はよほどの大企業でもないとレンタルしたりは出来ないそうで,この時点で今回の主催者がスポンサーの傀儡になってしまっているのが見て取れる。ただ、企画としてのミスコンは(一部のジェンダー問題を除いて)ありのような印象をこの後輩から受けたのは事実だ。どのような形になるのか分からないが少なくとも大学生だけで工夫してやるつもりがなければ出来ないようだが。

自分なら…

さて自分はミスコンについてどちらかと言えば「見てみたい」派だ。
京大のミスコンの話を聞いたとき(議論が行われていることは知らなかったが)見たい人がいて出たい人がいるならありだろうと思った。男の立場からしたらきれいな人を見たいと思うのは自然なことだろうし。じゃあ今回の事件を受けた上で自分ならどんなものならいいと思うか考えてみた。
まずミスコンで何が見たいのか。むしろ何が見れるのか。多様な人の集まりの中で自分の好みとその他大勢の好みが分かるのがミスコンではないだろうか。どのミスコンでもそうだろうが容姿だけで終わっているミスコンなんてさすがにもうないだろう。具体的にどうやっているのかは分からないが性格やら趣味やら仕草やら礼儀やら知性やら…そんなもんを色々と並べてみてだいたいこの人かな,てやってるんだろう。もちろん僕もそれが見たい。でも結果が納得いかない。トップがこの人でこーゆー順位になりました、終わり。これじゃ見たかったものが何も分からない。その他大勢の好みが全然反映できてない。トップの人は容姿やら性格やら趣味やら…の全部が良かったのか。足りないところ,他の人が勝っているところはなかったのか。六角グラフで得点表出す簡単なやつもあるけど,どうせならコンジョイント分析*1みたいなのやって正確な結果ってやつを出してみたい。京大生と一般人との間に乖離はないのか。男性の理想の女性と女性の理想の女性,もしくはその逆はどーなってるのか。実際の女性を目の前にして出てくる結果というのは,きっとお話の中にしか出てこない理想の人よりもずっとリアルで面白くなる気がする。
京大だからできるミスコンってやつを考えてみるのはいいと思うな。いつか京大で京大にしかないミスコンが出来たらそれは11月祭にとっても京都大学全体にとってもいい影響,本当の意味での新しい風ってやつが吹くんだと思う。

*1:環境評価手法の一つ。いくつかのプロファイル(政策など)を用意して回答者から意見を集めることで評価を行う。特徴として適用範囲の広さとプロファイルの中のそれぞれのパラメータを評価できることがある。